アメリカの人材マーケットにて良いタレントをキープするためには②-ウェルネスベネフィットの可能性-
前回のコラムでは、在米日系企業が抱えることの多い「ローカル社員を雇ったものの、すぐに辞めてしまう」「優秀なローカル社員をなかなか雇用できない」という、日本における人材マーケットではあまり直面しない課題について、なぜそのような問題が起きるのか考察しました。今回は、その問題を解決するための一助となる可能性のある「ウェルネスベネフィット」についてお話します。
アメリカの福利厚生とは?
ウェルネスベネフィットの話に入る前に、まずアメリカの福利厚生について言及しておきたいと思います。福利厚生を簡単に纏めると、「企業(雇用主)が従業員(労働者)やその家族の生活や健康を向上するために取り組む施策・政策の総称です。もっと簡単に言うと、「企業が提供する従業員向けのサービス/サポート」です。
アメリカの福利厚生の起源は1930年代まで遡ると言われています。大恐慌時代から世界大戦にかけて、厳しい労働力不足を補うため、32代大統領のルーズベルトがリーダーシップをとり普及させたそうです。その後、約100年をかけて形を変えてきた福利厚生制度ですが、現在は、大きく二つの種類、「法的福利厚生」と「法定外福利厚生(=雇用主の任意による福利厚生)」に分けられます。
「法的福利厚生」は法律で定められている福利厚生で、「Social Security (社会保障)」、「Workers’ Compensation(労働者災害補償保険)」、「Unemployment Insurance (失業保険)」などがあります。「法定外福利厚生」には、まず筆頭として「Group Health Insurance (団体健康保険)」が挙げられ、その他「Paid Time Off (休暇制度)」や、「Retirement Plan (年金制度=401(k)など)」などがあります。これまでは、多くの企業が長らく同じような福利厚生を提供し、そこに大きな差別化はなかったのですが、従業員のライフスタイルの多様化に応じ、更にコロナ禍を経て、柔軟かつユニークな福利厚生を提供する企業が増えている傾向があります。前回のコラムでも取り上げたリモートワーク(ワークライフバランスを豊かにし得るもの)、そして最近注目されているウェルネスベネフィットもその一つです。
ウェルネスベネフィットとは?
ウェルネスベネフィットとは、従業員が心身ともに快適に生活することをサポートする福利厚生です。コロナ禍以前にも、ジム費用補助や、自転車購入補助、タバコをやめるための医療補助などを心身の「身」にフォーカスをあてたメニューを提供する会社は比較的多い印象がありました。
しかし、コロナ禍となり、毎日出勤だった生活から急にリモート生活を余儀なくされ、孤独感を感じたり、またパートナーや子供と職場を共有することによるストレスを感じることにより、心の不調を抱える従業員が増えたとされています。その対応のため、心身の「心」に対するフォーカスが強まり、メンタルヘルスに特化したベネフィットを導入、または予算増に取り組む企業が増えたと考えられます。メンタルヘルスに特化したプログラムには様々ありますが、オンラインでストレスチェックを受けたり、専門家からカウンセリングを受けることができるプログラムが人気のようです。
2022年春にFidelity Investments and the Business Group on Healthが行った調査では、ウェルネスベネフィットに関して、従業員20,000人以上の企業では2021年に1,050万ドルだった予算が2022年には1,100万ドルに増え、従業員5,000人未満の企業では予算が前年度よりも60%増加し、個人に与えられる手当の金額が前年度よりも22%増加しているという結果になっています。
また、米国の金融ウェルネスベネフィット市場は、2022-2027年に年平均成長率13.71%で成長すると予想するというデータ*もあり、コロナ禍が落ち着いた後もウェルネスベネフィットの各社平均予算は伸び続けることが予想されます。
なぜ在米日系企業がウェルネスベネフィットを重視すべきなのか?
ローカル社員が就職先を選ぶ際、基本給を中心に見る事は日本と変わりませんが、アメリカの場合はそれだけでなく、「働き方」や今回の「ウェルネスベネフィット」なども含めた総報酬(Total Reward)を重視する傾向があります。特に、コロナ禍を経て、心身の健康が非常に大事だと気付いた人々が多くおり、最終的に数社の候補の中から就職先を選ぶ際の重要なファクターの一つとなる傾向が以前より高いと思われます。
在米日系企業のHR部門が、日本の本社にアメリカにおける給与の相場やその上昇率についてなかなか理解してもらえず、欲しい人材に見合った給与条件や昇給率を提示できない、という話をよく聞きます。その様な中で、ウェルネスベネフィットは必ずしも一人ひとりの給与水準に合わせる必要が無い他一律で付与することも可能です。従業員のニーズや会社の状況に合わせてクリエイティブに企画する事によって、費用面もフレキシブルに対応できるため、導入のハードルは低いのではないかと思います。
*U.S. Financial Wellness Benefits Market - Industry Outlook & Forecast 2022-2027
<情報提供・監修>Kimihiro Ogusu, SHRM-SCP, 中央大学 非常勤講師
アメリカのHR(Human Resource ≠人事)マネジメント協会:SHRMの上級プロフェッショナル認定の専門家。Health/Life Insuranceライセンスも所有し、「組織戦略論」を基に各企業のソリューションを提供している。日本ではメガバンクへの記事提供や大学での授業などを中心に、今後の日本に必要となるHRの普及に貢献している。日米双方の義務教育および職務経験を通じて文化の違いを熟知するバイリンガル。
SolutionPort, Inc.代表。中央大学経済学部卒。
Web: https://note.com/0__/n/nfafa1d6bb582
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