アメリカの人材マーケットに潜む重大なパラドックス
前回、前々回のコラムでは、「Great Resignation (大量退職)」がもたらしている現状や、それが企業にもたらす影響およびその対応というアメリカ全般の状況について言及しましたが、今回は在米日系社会の人材マーケットにフォーカスを当てています。
在米日系企業では、日本語のネイティブスピーカーが重用される傾向があり、これまで通りの採用方法ではなかなか必要な人材が見つからない現状がある一方で、「働きたくても働けない」という日本語のネイティブスピーカーも一定度合い存在します。これがどういった状況で雇用主にとってなぜ問題となるのか、そしてどの様に解決し得るのかを考察してみました。
これまでの採用方法
近年まで、在米日系企業では日本語のネイティブスピーカーの採用が積極的に行われており、現地採用を行う際にHビザをスポンサーして日本国籍者を雇用する形を取る事が多くありました。また、OPTという、F-1/M-1ビザの下で学業を完了させた後に入手可能な1年間限定のビザ(STEMの学位を持つ場合は最長3年)で雇用し、期限が切れた後にHビザに切り替えるなどといった方法も取られていました。
▶ Hビザ・OPTに関する詳細はこちらの動画から
しかし、近年は候補者がHビザの要件を満たしていたとしても、最終的には抽選によってビザ発行の可否が決まる形になってしまい、Hビザをスポンサーする形での採用が急激に困難になりました。その結果、これまで通りの採用ができなくなった各日系企業は、グリーンカードを持つ日本語のネイティブスピーカーによって不足する人材を補う所も出始めて来ました。
在米日系企業の現状
この様な背景の中、日系企業の雇用環境を見ると、多くの所ではフルタイム以外の雇用は消極的で、例えば月曜日から金曜日まで/午前9時から午後5時までオフィスにいる事が求められるといった働き方がほとんどでした。同時に、グリーンカード保持者の傾向を見ると、多くの場合がご家庭を持たれるなどフルタイムで就労する事が困難なケースが見受けられ、そうなると企業側も採用を見送るケースが多かったため、これまでHビザで採用して来た人材の不足を全て埋めるには至らない状況となっています。
一方で、新型コロナによってリモートワークが認められた所では、月曜日から金曜日まで/午前9時から午後5時までオフィスにいる事が難しいとされていた人たちの就労が可能となったケースも見受けられましたが、リモートワークが暫定処置だった場合は、今後働く事が困難になってしまいます。2022年4月に入ってからオフィス復帰の流れが加速している中で、コロナ前の様な働き方に戻そうとしている日系企業も見受けられますが、もしそうなった場合、リモートワークによって就労可能となっていた人たちは再び働けない状況に陥り、在米日系社会は人材不足に悩む事になってしまうといった流れが考えられます。
そもそも、最近はリモートワークが組み込まれた働き方が当たり前になって来ており、昔の様な働き方をする企業は敬遠される傾向が見受けられ、最近ではアップル社がオフィス復帰プランを発表した際に、従業員側が集団退職をほのめかすなど、オフィス復帰に反発するニュースなどもありました。
では、どうしたら良いのか?!
こういった状況の中で、日系企業の皆さんが取るべき方向性は「組織の在り方と働き方を見直す」という事に尽きます。究極的には、日本語スピーカーに頼る体質から脱却する、または頼らなくても良い体制を整える、いわば現地化を実現させる事ですが、突然「組織の在り方」を変えるのは難しいため、まずは「働き方」を見直す事が推奨されます。具体的には、フルタイムの雇用、および月曜日から金曜日まで/午前9時から午後5時までオフィスにいるなどという働き方を見直し、働き方をよりフレキシブルにするという事になります。
例えば、オフィスの出社日を減らす事によってフルタイムで働く事が困難な層が就労できる様にする、あるいはフルリモートにする事で自社オフィスのあるエリア以外のからも人を雇える様にする、などといった事が挙げられます。つまり、「働き方」を見直す事で採用対象となる人材マーケットを一気に広げ、雇用主側が求める人材を見つけやすくするという事です。
人材マーケットという部分では、今まで活用されていなかった層が他にも存在します。それは駐在員の配偶者という層であり、この皆さんは基本的にEやLなどの配偶者ビザを所持しているため、就労許可証を入手さえすれば合法で働ける状態の人材です。さらに、日本での勤務経験が豊富な場合も多いため即戦力としてだけでは無く、スキルの多様化という意味でも貴重な存在で、そもそも日本語のネイティブスピーカーである事や、日系企業の働き方にもすぐに順応できるという大きなメリットもあります。
配偶者ビザの採用に追い風を起こす新たな法的措置
つい先日、配偶者ビザの就労に関するレギュレーションのアップデートが発表され、配偶者ビザ保持者の就労許可証入手が簡易化される事になりました。これは、E/Lビザ配偶者に対する措置で、I-94に新たに記載される「入国許可クラスコード」、正式にはClass of Admission (COA)というコードが雇用許可証(通称EAD)として利用できる様になったというもので、I-94にE-1S・E-2S・E-3S・L-2Sなどといった記載がされる事となりました。
ちなみに、2022年1月30日以前に発行された期限切れのI-94保持者に対しては、新たな通知が郵送される事となっており、この「通知」と「非移民資格(E-1/2/3・ L-2など)を反映した期限切れの I-94 」のセットで雇用許可証となる仕組みの様です。
進まない配偶者ビザ保持者の雇用
では、冒頭のHビザの関係によって発生している人材不足問題は、このE/L配偶者ビザ保持者の雇用によって解決されるのでしょうか。実は、現状は残念ながらその様になっておらず、このE/L配偶者ビザ保持者の皆さんの多くは働きたくても働けない状況となっています。その原因は主に2つあると考えられ、「税金面」と「安全面」が挙げられます。
税金面に関しては、駐在員の場合はグロスアップなど計算が複雑なのでJointになると更に複雑になってしまう、あるいはコストが追加でかかってしまう可能性が考えられ、安全面に関しては、会社の辞令で海外に行っている社員とその家族を守る義務の遂行が困難になってしまうという点で、これが最も大きな理由だと考えられます。
例えばE/Lビザの配偶者の方が他社で働いている際、業務中に病気・怪我などに陥ったり、ハラスメントに遭ったりなどした場合などに、ビザ発行元の会社が対応しきれない、といった事が危惧されている可能性がある一方で、働いている側としては「あなたの所(ビザ発行元)の会社では無いし、自己責任なので放っておいて!」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、海外に送り出している側としては、何か起きてしまった際に最終的に責任を取るのはその会社なので放置する事はできず、結局E/Lビザの配偶者の雇用が進まないという現状があるのだと考えられます。
このパラドックスを解消するために
この様に在米日系社会では、雇用主側が抱える「日本語のネイティブスピーカーが採用できない」という問題がある一方で、その必要とされている人材であるにもかかわらず「働きたくても働けない」といった状況が発生しています。何かが少し変わる事によって解決する可能性もある中で、まず取り組むべき事としては、先述の通り「働き方」の見直しだと考えられます。
旧態依然な働き方から脱却する事によって、グリーンカード保持者がより働ける環境にする事や採用対象となる人材マーケットを拡大させる事、更には駐在員配偶者の就労を認める事によって在米日系社会にある問題が解決され、各組織のミッション遂行の促進に繋がると考えられるため、この「働き方」に関して皆さまも今一度考えられてみてはいかがでしょうか。
<執筆>Kimihiro Ogusu, SHRM-SCP, 中央大学 非常勤講師
アメリカのHR(Human Resource ≠人事)マネジメント協会:SHRMの上級プロフェッショナル認定の専門家。Health/Life Insuranceライセンスも所有し、「組織戦略論」を基に各企業のソリューションを提供している。日本ではメガバンクへの記事提供や大学での授業などを中心に、今後の日本に必要となるHRの普及に貢献している。日米双方の義務教育および職務経験を通じて文化の違いを熟知するバイリンガル。
SolutionPort, Inc.代表。中央大学経済学部卒。
Web: https://note.com/0__/n/nfafa1d6bb582
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